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岐阜地方裁判所大垣支部 昭和26年(ワ)54号 判決

原告 寛永幸

右代理人 梅田林平

被告 岐阜県

右代表者県知事 武藤嘉門

右指定代理人 立野信実

〈外五名〉

被告 岩本晋一郎

〈外一名〉

右両名代理人 林千衛

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一、被告県に対する請求についての判断

一、妨訴抗弁について

(1)  一について、公共団体としての県を代表すべき権限を有するものは、一般的には知事である(地方自治法第一四七条)が、教育委員会法の施行に伴ない、昭和二十三年十一月一日以降県の教育公務員の任免、教育事務は県教育委員会に移つた。従つてこれらに関する争訟は、県教育委員会であること疑ないが、国家賠償法に基く損害賠償請求訴訟は、その原因が教育公務員に対する不当休職処分に基く場合でも県の財政に関するものであつて、教育事務に関するものとは云えない。従つて、本件訴訟において、県を代表すべき者は県知事であつて教育委員会ではないから(一)の抗弁は理由がない。

(2)  二について昭和二十三年六月末日被告県が原告に対し休職処分を為したこと、該休職処分の辞令は同年七月二十七日原告において受領したこと、而して原告は行政事件訴訟特例法により法定期間内に該処分の取消を求める訴訟を起さなかつたため右処分は確定したことは、原告自ら主張するところである。併し行政処分の取消を求める訴訟と該処分を原因として損害賠償を求める訴訟とでは、その性格を異にすること明らかである。すなわち前者に在つては行政行為の有効性の判断による処分の確定に重点があるのに対し、後者は違法性の判断による損害の帰属に重点がある。従つて損害賠償請求は、行政訴訟手続により違法事実を確定した後でなければ為し得ない趣旨の特別規定ある場合の他は、行政処分の取消を求める訴訟と同時に損害賠償請求の訴を提起することができようし、また行政処分取消の訴提起期間経過後においても損害賠償請求の訴を提起し得るものと解するのを相当とする。

それ故この抗弁も亦理由がない。

二、本案に対する判断

(一)  原告が岐阜県から地方教官に任ぜられ大垣工業高等学校に勤務、後記休職処分発令当時九級八号俸を給与、月額家族手当等を併せて八千円を支給されていたこと、ところが被告県より昭和二十三年六月三十一日附を以て官吏分限令第十一条第一項第四号により休職を命ずる旨発令せられ、該辞令は同年七月二十七日被告那須を通じて交附され、翌二十四年六月末休職期間満了により退職となつたことは被告において認めるところである。

(二)  原告が右の如く休職処分に附された原因は、成立に争のない甲二号証と甲七号証、公文書であるため、その成立を認める甲号証と甲八号証原告本人尋問の結果により成立を認むべき甲五号証と甲六号証、証人矢野定見、同杉山恭、同大当宏、同横山吉雄の各証言並びに被告岩本、那須各本人尋問の結果を綜合すれば左の事実を認めることができる。すなわち昭和二十三年八月十一日大垣市所在岐阜県立第二工業学校において火災があり講堂その他一棟を残しただけで他の全部を焼失した(この点については争がない)これがため千二三百名の生徒を擁する同校は忽ち授業に差支を生じたので、応急措置として、大工場の倉庫の一部等を借り受け二部教授により授業の維持に努めると共に被告那須を含むその学校職員の大部分は、学生、PTA、校友団体等の協力を得て速かに学校の復興を図ることとし、資金の募集、校舎の建築、敷地の整地等に努めたのである。ところが前校長(青木善之助)時代より感情的に校長側と対立抗争を続けて来た原告は、訴外野島多蔵外一名を糾合し、本件火災の原因は同校の教官中島某が校内において内職としてズルチン等の製造のため過度に電熱機を使用したことによるものであるとし、而もこのような内職を容認した校長被告那須に責任があると難じ、火災直後警察及び検察庁が慎重捜査の結果その原因が判明しなかつたにも拘わらず、これを不当とし、学校の復興後火災原因の糾明が先決問題であるとして事毎に学校の復興に専念する校長那須に対立し学校行政の根幹を為す職員会議の運行を妨げ、復興作業にも極めて非協力的であつた。これがため被告那須は県学務部に対し原告等外二名は教育に低調であり学校の復興を阻害するものである」旨の内申を為しその善処方を求めた、(内申の事実について争がない)そこで県教育部長であつた被告岩本は自ら、あるいは県視学杉山恭その他の者をして学校の内部、生徒代表、PTA、同窓会その他につき事実の調査を為し又大垣市長その他につき意見を徴した結果、原告が教育に低調であり勤務校の復興を阻害するものとの結論に達したので、被告岩本において昭和二十三年三月二日頃那須校長を通じて原告に退職勧奨を次いで同月二十二日被告那須において県よりの通牒に基づき退職勧告を為したが、原告において応じないので休職処分の前提として同年四月六日出勤停止の通知を為した。(出勤停止の通告については争がない)尤も原告を休職処分に附する事由としては前述の如き事情の外昭和二十三年三月実施の学制改革により従来の工業学校は工業高等学校に切り替えられ、従つて岐阜県立第二工業学校も大垣工業高等学校に組織替となるところ、大垣工業高校としては教職員の定数に過剰を生じたことにもよる。ところが原告の依頼により県会議員矢野定見の被告岩本に対する斡旋もあつて原告に対する休職処分の発令を一時延ばすこととし、その間原告において転勤の機会を与えたのであるが、原告は県の措置を飽くまで不当とし、転勤をも承知しなかつたので、被告岩本は、県教職員を以て組織せられる中央人事委員会、西濃地区人事委員会と大垣工業高校内の職員組合とに対し、原告を退職せしむべきことの可否につき意見を求めたところ、何れも大多数を以て退職を可決したので同年六月末日知事において官吏分限令第十一条第一項第四号により原告を休職処分に附し該辞令は翌月二十七日原告に交附したものである。原告主張のように被告岩本が訴外矢野と会見した際被告那須の為した前示内申の事実が虚偽の事実であること、原告をして復職せしめることを確認した等の事実は到底これを認めることができない。

以上の事実に徴すれば被告那須が県教育部に対し為した内申の事実、被告岩本が県学務部長として為した退職勧奨、出勤停止の通知は、いづれも公共団体である県と県公務員との間における特別権力関係に基づき、その監督作用として為されたもので、その措置につき少しも違法不当な点は見出せない。従つて前記内申の事実につき被告岩本、同那須が捏造したこと、被告岩本において右内申の事実が虚構な事実であることを知り乍ら無批判的に原告に対し退職勧奨乃至出勤停止の通告等を為したことも認められない。

また県の教職員に対する任免権は県知事に在つて、被告岩本、同那須にはそれがない。従つて前示の内申の事実、退職勧奨等の事実が不当であつたとしても知事が為した休職処分とは一応絶縁される。すなわち休職処分の当不当の問題は発令権である県知事武藤嘉門につき故意又は過失責任ありや否やを判断しなければならないのであるが、これらの点については、何らこれを認むべき証拠がない。却つて県の教育行政につき知事の補助機関として最高の地位に在る被告岩本において前示の如き調査諮問等につき慎重な手続を経た後、知事はこれらの資料に基づき考慮の上本件休職処分に出たものと認められるので右処分につき知事武藤嘉門に過失の認むべきものがない。

ここで附言したいことは、教育に低調である旨の文言は、学生に対する授業に不熱心な場合だけを指すものではなく、学校が火災により大部分を焼失した場合学校に関係ある者が挙つて一丸となり、その復興に努めている際、これと関係なき事柄を感情的に固執して事ごとに紛争を醸し対立抗争を続けるが如きことは結局は教育に低調であることを免れないことである証人野島多蔵、同宮保信一の各証言並びに原告本人尋問の結果は右認定に照し、採用しがたい他にこれを覆えす証拠がない。

(三)  次に出勤停止の通告に基く損害賠償請求並びに退職強要に基く損害賠償請求の当否につき判断するに、原告のこれらの請求は昭和三十年七月十一日の口頭弁論において釈明として始めて主張するものである。原告代理人はかかる請求は当初より為していると主張するが、原告の訴状その他の準備書面の記載及び従来の訴訟の全経過を見るも、このような請求を為した形跡が認められない。尤も昭和二十六年十月十二日附並びに昭和三十年五月二十六日附原告提出の準備書面中には出勤停止の通告並に退職強要に関する記載があるが、前後の文言と対照すれば、休職処分に至るまでの経過的事実として記載したに止まり、独立の請求原因としての記載とは見られない。しかして出勤停止の通告もしくは退職強要の事実は休職処分なる事実と多少の関連を有すること言を俟たないが、同時に休職処分と分離して存在し得る事実である。しかも休職処分による損害賠償とは請求の基礎を異にする。従つて、原告の右請求は釈明の限度を超えた新訴の提起であつて、而も不適法な新訴の提起と見らるべきであるから、これが判断を為す限りでないが、仮りにその当否につき判断を加えるとしても、前者については、行政組織の内部に存する特別権力関係に基づき上級庁が下級庁に対しその監督作用として為した一種の裁量行為であつて、該行為に出たいきさつについては前認定の通りでありその間毫も不当違法な点は見出せないのみならず該通告によつて原告が損害を受けたことも認められない。後者についてはこれを認むべき何らの証拠がない。

(四)(1)  原告は本件休職処分は官史分限令第十一条第一項第四号により為したものであるが同令は新憲法実施と同時にその効力を失つたので本件休職処分は無効であると主張するが、同令は被告県代理人主張の如き理由で新憲法実施後本件休職処分当時法律としての効力を有していたこと明らかであるから本件休職処分は有効である。

(2)  原告は本件休職処分は前示官吏分限令の規定により為したものであるが同規定は憲法第十一条乃至第十三条、第十五条、第二十五条、第二十八条に違反する規定であるから無効であると主張する。

併し国又は公共団体の行政において強く要請されるのは、その効率化と国民の行政に対する信頼の保持にある。夫れ故に国又は公共団体の行政を担当すべき公務員は単に智能があるだけでは足らず公僕もしくは誠実の義務等の倫理的性格を要請せらる。しかも公務員の任命には一定の財政的負担を必要とする。こうした要請又は条件を満し得ないときに公務員たるの地位を失わしむることは、何人も人権の享有と保持を保障される憲法第十一条乃至第十三条の規定公務員の選定及罷免に関する同第十五条の規定、国民の生存権に関する同法第二十五条の規定勤労者の団結権に関する憲法第二十八条の規定に毫も牴触しない。夫れ故憲法違反を理由として官吏分限令が無効であるとの主張も亦とることができない。

(3)  次に原告は本件休職処分は(イ)昭和二十三年六月三十一日附を以て発令、該辞令は同年七月二十七日原告に交附されたのであるが当時は既に教育委員会法が実施され、教員に対する任免権は教育委員会に移り、県知事には夫れがなかつた。従つて、権限のない知事が為した本件休職処分は違法な行政処分である。(ロ)また前記昭和二十三年六月三十一日附の休職処分は昭和二十四年五月十九日取消され、同日改めて休職処分を為したのであるが前同様の理由で権限のない知事の為した休職処分であるから法律上無効であると主張するのであるが(イ)の辞令が原告に交附されたのは同年七月二十七日であるが、教育委員会法の実施されたのは同年七月十五日で、教育委員会が構成されたのは同年十一月一日以降であり、夫れまでは地方教官に対する任免権は知事に在つたのであるから、この点に関する原告の主張は不当である。(ロ)また成立に争なき甲二号証、公文書であるためその成立を認むべき甲三、四号証、証人杉山恭の証言被告岩本本人尋問の結果等を綜合すれば、前記昭和二十三年七月二十七日原告に交附された休職辞令の日附は、暦上存しない同年六月三十一日であつたため、原告は前記被告那須より県教育部に対し為した内申の事実に関連させて、県知事、軍政部内閣総理大臣、最高裁判所長官岐阜地方法務局等に人権蹂躙の事実ありとして、直接又は文書を以て取調方を申入れたので県教育部はその都度報告を求められたり、取調を受けたりしてとかく前記辞令の日附が問題となつた事実に鑑み同年五月十九日前記辞令を取消し日附の誤記を訂正した昭和二十三年六月三十日の辞令を交附し前記辞令の返還を求めたが原告において応じなかつたことを認めることができる。すなわち前辞令の取消、日附を訂正した辞令の再交附は前の辞令の日附の誤記を訂正するためにとられた手続に過ぎない。従つて休職処分について何人にその権限があつたかは辞令の日附である昭和二十三年六月三十日を基準として定むべきであるから前段説明と同一理由で原告のこの点の主張も亦失当である。尤も官公吏の身分に著しく影響を与える休職辞令の日附(特に本人の意思に反する場合)に暦上存在しない日附を記載する如きは軽率の譏を免れない。併しこのような形式的瑕疵は休職処分の効力を妨げるものではないから前述の如く休職処分の取消、次いで日附を遡つた新辞令の交附するが如き廻りくどい手続をとらずともよかつたのである。併しいづれにせよ原告の(ロ)の主張も亦理由がない。

(4)  原告は更にまた本件休職処分は、具体的妥当性を欠くと主張するが本件休職処分が具体的に妥当性を有することは、(二)において説明した理由で自ら諒得されよう。

(三)  結論原告の被告に対する本訴請求は、国家賠償法第一条第一項に基づくものであることは、終始変らない。しかして国家賠償法第一条第一項に基づき損害賠償を為し得るには、国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて故意又は過失によつて違法に損害を加えたことを要する。このことは、同時に国又は公共団体の公務員が適法な職務行為により損害を加えた場合に損害賠償を求め得られないことを意味する。本件において被告県より原告に対する休職処分といい、被告岩本の県教育部長として原告に対し為した出勤停止の通告はいづれも前認定の理由で適正妥当な行為であり適法な行政行為である。(退職強要の事実については全然認められない)従つて原告主張の事実は不法行為成立の一要件としての違法性を欠くから原告の被告に対する本訴請求は、この点において既に失当である。よつて、他の争点についての判断を省略してこれを棄却する。

第二、被告那須、被告岩本に対する請求についての判断

原告の被告那須、同岩本に対する請求の要旨は、昭和二十二年八月一日大垣工業高等学校は火災により大部分を焼失したが、その原因につき種々取沙汰せられ、教員の過半数は原因糺明につき校長である被告那須の態度に不満を抱いていたところ、右は当時の教官であつた訴外野島多蔵外一名と原告の三名が恰もこれを理由に被告那須を排斥するかの如く誤解せられ、被告那須より当時の岐阜県の教育部長であつた被告岩本に対し「原告及び右二教官は教育に低調であり学校の復興を阻害するものである」旨の虚偽の申告をしたところ

(一)  被告岩本は虚偽の事実であることを知り乍らこれを全面的に支持し何ら真相の調査をせずして昭和二十三年四月六日理由を記載せず出勤停止の通告を為し

(二)  被告岩本は同年五月中訴外大橋他一名を原告方に遣わし執拗に退官を迫らしめ退官願を出さなければ休職処分に附する旨威圧的に申し向け退職を強要したこと

(三)  同年六月末日被告岩本は右虚偽の事実に基き知事をして休職処分を為さしめた。

しかして、これらの事実は、被告岩本、同那須、訴外知事武藤嘉門三名の共同不法行為であつて被告岩本、同那須には故意責任、訴外武藤嘉門には過失責任があるとし(一)、(二)については、因つて受けた精神的苦痛に対し(三)については因つて受けた財産的並びに精神的苦痛に対し夫々損害の賠償を、被告県に対しては国家賠償法第一条に基づき、被告那須及び同岩本に対しては民法第七百九条に基づき請求するものであるとする。併し県に対する請求も被告岩本、同那須に対する請求も、その原因たる事実は同一であり而もそのいづれもが公共団体たる岐阜県の公務員としての訴外武藤嘉門被告岩本、同那須等がその職務を行うについての事実に基くものである。この場合損害賠償の権利者は公務員に対し請求し得ないことは既に最高裁判所の判例によつて示されたところである。(裁判所時報一八四号四頁)して見れば原告の被告岩本及び那須に対する請求はその内容についての判断を加えるまでもなく失当である。(仮りに内容につき判断を加えるとしてもその理由のないことは被告県に対する説明によつて明らかである。)夫れ故原告の被告岩本、同那須に対する請求も棄却すべきである。

よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 畔柳桑太郎 裁判官 織田尚生 奈良次郎)

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